読まれなくなった宮城谷昌光
10年ほど前までは、出す作品、出す作品がベストセラーとなり、大脚光を浴びていた宮城谷昌光も最近はあまり読まれなくなっているようだが、彼の作品群でいちばん興味深く面白く読めたのは『孟嘗君』である。
孟嘗君(田文) BC360年ころ生まれ~BC279年ころ没
時代は紀元前3、4世紀の春秋・戦国時代の戦国時代。このころは戦国時代の中でも華やかな時代であった。斉の都の臨シの人口は最盛期80万人近くまで膨らんだ。 中国全体の歴史から見ても個性の豊かな時代であった。諸子百家といわれるあまたの思想家が輩出され、イデオロギーに縛られず、精神の自由を謳歌していた時代でもあった。
また、中国のどこかで絶えず戦争が行われている状態であったが、人々が人間らしく生き生きとしていた時代でもあったといわれる。
本作は、読後、孟嘗君よりも白圭の印象が強く残るかもしれない。それは白圭の生き方が粋であり、孟嘗君も白圭の行き方に学んで成長していくことが読者の体験となるからである。
しかし、これは作者の創作である。作者は孟嘗君が生きた時代と白圭(魏の相から商人となる)が生きた時代が合うことから、このように結びつけたのであり、孟嘗君と白圭のつながりは明らかではない。ここでの養父関係は作家の想像力の賜物である。もちろん、風洪という人物は作者が創った想像の産物である。白圭の若いころの名前でもない。したがって、孟嘗君が白圭の影響を受けたことも明らかではない。(おそらく、その影響はなかったろう。)
宮城谷の作品で共通して言えるのは、小説手法として、教養小説、いわゆる主人公がさまざまな人の影響を受けて成長していくという『ビルドゥングスロマン』のかたちをとっているということである。簡単に言えば、五木寛之の『青春の門』の中国版である。ただ、主人公が歴史上の人物であることの違いではなかろうか。また、テレビだと『大河ドラマ』だと言えよう。それだけに、読めば読むほど、その世界に入り込んでしまう。私はそんな宮城谷昌光に黒澤明と同じようなヒューマニズムを感じとるとともに、彼の作家としてのドラマトゥルギーを感じる。
とにかく、この作品の登場人物や語られる人物がすごい、春秋戦国時代の名だたる者たちが名を連ね、これを読めば春秋戦国時代がおぼろげながらもわかるのである。
物語の冒頭、西日までも蔽ってしまう大木の槐の描写から始まる。田嬰の邸の2階の部屋までその陰を落とす。その陰になる部屋には田嬰の妾が住んでいる。その名は青欄。青い欄干のある部屋だから、青欄というのは、初めからこの物語は架空の物語ですと読者に断っているかのようだ。
物語の3巻までは、白圭の若きころの風洪の話と公孫鞅=商鞅と孫賓などの話である。孟嘗君=田文がそれらしく登場するのは第3巻の後半からであり、孟嘗君が活躍するのは第4巻から第5巻にかけてである。読者にとってはこれは孟嘗君の話ではない白圭の話だと思う方も多々あると思うが、司馬遷が残した史記列伝でも孟嘗君列伝は文庫本でわずかに15ページ程度。それもほかの列伝に比べて長いほうである。それを2巻にわたって描くことは並大抵ではない。そこに作者の力量が窺がわれる。
物語では、孟嘗君はさま ざまな人の影響を受けて『仁』と『義』を実践した人物として描かれる。また、その登場人物らの話が面白くできている。
『仁~人への愛』と『義~人としての道理、徳』は、儒学の根本であり、まるで孔子の論語を実践したかのようだ。そういう面ではこのまま道徳の本にでも使えそうである。
作者はこう語る。
儒教は、漢の武帝の時代に確立し、儒教国家中国の原型が出来上がってからというものは、中国社会の活力が失われていく。儒教が依拠するのは孔子が考える世界ですから、周を開いた周公旦の思想や人生観が理想とされる。古代の哲学・思想が、最上のものとして信奉されるようになる。漢の時代以降の思想や社会は、逆戻りを始めるのです。
しかしながら、この『仁』と『義』を作者が孟嘗君にあてはめようとしたばかりに、孟嘗君の印象が薄れてしまうことの要因にもなっている。私個人としては、物語である以上、もっと聡明さの中にも豪胆さと不敵な面のある孟嘗君を描いてほしかった。おそらく、数千人もの個性と癖のある食客を囲って統率していたのであるから、親分肌の面があったと思慮される。そうすれば白圭を登場させる必要もなかったのではないだろうか。
『仁』と『義』~仁義は仁侠映画等に使われやくざ言葉に勘違いされている~は、確かに人間として美しいことであるが、『仁』と『義』に生きれば、現代では『白痴』のムイシュキン公爵、『道』のジェルソミーナになるしかない哀しさがあるのも事実である。
実際の孟嘗君はどうだったのか。戦国4君子と呼ばれるところの孟嘗君、魏の信陵君、趙の平原君、楚の春申君の中では、最も年長であり、最も優れていたのではないか。斉の名宰相と言われた田嬰の多勢(40人近くいたとも言われる)いる子の中で、孟嘗君が後継に選ばれたこと自体、彼の優秀さをもの語る。
孟嘗君の逸話に、あるとき食客の一人が粗末な食事に怒り、孟嘗君は自分だけ特別な食事をしているのではないかと孟嘗君の食卓をのぞいたところ、孟嘗君も同じ食事であったことに、自分を恥じるとともに、孟嘗君の公平さに改めて信望したというものがあるように、孟嘗君は誰にでも公平に接したのであろう。
ともあれ、本作品は面白味十分であり、孟嘗君が生きた時代と背景を知るには十分過ぎるほどの物語世界を構築している。
< アクスコ倶楽部・『宮城谷昌光の物語世界・其の壱』より http://www.fiberbit.net/user/m31fb2/miyagitani_no_sekai.htm >
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